見捨てられそうな不安に対処する

不安というのは、あまりセラピーで対応できる領域ではありません。もちろん、全てがそうではありませんが、どちらかと言うと現実的・物理的に対処することになります。

例えば、「将来が不安です」と言っても、不安という感情をなくしたところで、根本的な解決にはなりませんよね。

具体的に何が不安なのか。そして、その解決の道筋が見えているのか。そこを明確にしないと、不安の元は無くならないわけですから。

ただし、「見捨てられ不安」というものは別です。

1.見捨てられ不安とは?


私のケースなのですが、毎朝起きた時に胸が苦しくなるという症状がありました。大切な人に見捨てられたような、胸にぽっかり穴があいたような感覚に苦しんでいたのです。

それは、締め付けられるような苦しさで、毎朝起きるのに苦労していたのを覚えています。

ホームシックの状態とか、疎外感と表現すると分かりやすいかもしれませんね。

私たちは、人から無視されたりすると、死にたくなるくらいの苦痛を感じてしまうものです。

それくらいの強い感覚を、胸の真ん中辺りで強く感じていたわけですね。

 

2.なぜ、見捨てられ不安を感じるのか


私たちは、1つの身体で1つの人格をもっていると思いがちですが、実際は違います。頭ではやりたいと思っていることでも、身体はNOと言うことはよくありますよね。

身体の中でも、いろんな主張をする部位があります。例えるなら議会のようなものです。

その部位の1つが、「寂しい」と疼(うず)いているのが見捨てられ不安です。

 

のどが乾くと、水分が欲しいという感覚になりますよね? これも、身体が私たちを行動させるためにそうさせるのです。

このように、身体が発する感覚には、必ず意図(目的)があります。

身体は、言葉を発することができないので、感覚を使って何かを伝えようとするのです。

 

では、見捨てられ不安としての胸の疼きの意図は何でしょうか?

言い換えるならば、その感覚は私にどうして欲しいのでしょうか。

 

その答え(意図)は、実はとてもシンプルなものです。

 

存在に気づいて欲しい。

 

ということは裏を返すと、私は自分の存在を否定していたということになります。

このような前提があるから、身体が訴えてくるわけですね。

 

3.自己否定と見捨てられ不安の関係


私自身が、まさにこのパターンでした。自分が嫌いというレベルではなく、自分なんか死ねばいいという状態でした。

先ほど、私たちの人間は議会のようなものだと書きましたよね。

だとすると、私の中の議会荒れ狂っていたことになります。乱闘・ボイゴット・無視・言い争いなど…

これでは、とても心穏やかにはいられません。

 

自分で自分を否定するということは、自分を罰し、自分を無視し、自分をいじめ、自分の価値を認めないということです。

ところが、そうされた側も、自分の一部なわけですよね。当然、「ふざけるな!」と怒る部位もあれば、「寂しい」と悲しむ部位もあるわけです。

 

こういった身体からの反応のうち、「寂しい」と主張してくる部位が、見捨てられ不安として表出してくるわけですね。

そして、大抵の場合、この感覚は胸周辺に現れます。胸は、愛情の不足に関する部位だからです。

 

4.見捨てられ不安に対処する


 原因は自己否定ということでしたので、自己否定をやめて、どんな自分も肯定してあげることが対処方法の1つです。

とは言っても、「分かりました!」とすぐに実行できるようなものではありませんよね。

実は、これは問題解決としては時間がかかりすぎます。

 

それよりも、寂しいという胸の感覚そのものを対処した方が良いのですね。

冒頭で、見捨てられ不安は別ですと書いたのはこういった理由があります。

 では、胸の感覚を対処するとはどういうことなのでしょうか?

 

4−1 胸の疼きと向き合う

 

私がずっと悩んできたことがあります。それは、見ることも触ることもできない、心の問題をどう対処したらいいのか? ということです。

胸の疼きに関しても同様に、誰にもどうにもできない問題だと思っていました。

一生この苦しみからは逃れられなのだろうか。そう思う度に、絶望感を味わっていたのです。

 

ところがある日、身体の内側にある感覚にアプローチする方法があることを知りました。

見ることも触れることもできない領域に、インパクトを与える手法があったのです。

フォーカシングと言います。たくさんあるセラピー技法のうちの1つですね。

アメリカの臨床心理学者ユージン・ジェンドリンが創りました。

 

4−2 身体の感覚にアプローチする

 

直接振れることのできない領域にアプローチする。それを可能にする方法論は、イメージの力でした。

具体的な方法等はここでは記述しませんが、フォーカシングという技法はそれに向いているのですね。

 

フォーカシング自体は、書籍化もされています。なので、図書館等で借りれば、無料で情報を得ることもできます。

ただ、実際に使えるようになるには、上手な人から教わった方がいいでしょう。

 

5.私の体験


 では、参考までに私の体験を書かせていただきますね。私が初めて体験したのは2013年6月でした。

当時どんな状態だったかと言いますと、胸にぽっかりと穴が空いていて、息を潜めるような苦しさと痛みがありました。

 

この、胸で感じている「感覚」を、フォーカシングによって解消しました。

ジンジンと痛んでいたのが、ス〜っと消えてしまったのです。

そして、実感として身体も心も軽くなりました。

 

驚愕でしたね。何十年も悩んできたわけですし、あきらめていましたから。

これを比喩的に言うと、 私の中の議会で、泣き叫ぶ議員(部位)が退席したのです。

泣き叫ぶには彼なりの理由があって、でもそれが解消されれば「泣く必要」はありませんよね。

 

身体が発する感覚には必ず意図がある。

胸の疼きが私に伝えたかったこと。それは、存在に気づいて欲しいということ。

 

フォーカシングというツールを使って、私は私の身体とコミュニケーションをとりました。

そして彼の意図を汲み取り、叶えてあげたわけですね。

 

心理学を知らないと、まったく対処のしようがないように思えますが、この世界にはこのような技法もあるのですね。